岡山地方裁判所 昭和25年(行)25号 判決
原告 苫田郡加茂町 外一名
被告 岡山県知事
一、主 文
原告田中岸夫の訴を却下する。
原告苫田郡加茂町の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、岡山県知事西岡広吉が地方自治法附則(昭和二十三年法律第百七十九号)第二条の規定に基き、昭和二十五年十一月二日町の設置を「苫田郡加茂町のうち、従前の加茂の区域(昭和十七年五月二十六日直前の区域)を分けて新加茂町を設置し、昭和二十六年一月一日から施行する。」と決定し、これを昭和二十五年十一月四日岡山県告示第六百八十一号を以て告示した行政処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、
一、原告苫田郡加茂町(以下原告町と称する)は昭和十七年五月二十六日当時の加茂町(以下旧加茂町と称する)東加茂村、西加茂村三町村の合併により設置されたものであるが、右旧加茂町地区の住民は地方自治法(昭和二十三年法律第百七十九号)附則第二条の制定を機会に同条の定める手続に従い、原告町選挙管理委員会に対し、同地区を原告町から分離しこれに新加茂町を設置すべき旨の町分立の請求をなした。そして昭和二十四年三月十八日同条によるその賛否投票が施行された結果、右投票において有効投票の過半数の同意があつたので、岡山県知事西岡広吉は右委員会の報告に基き、岡山県議会が昭和二十五年八月三十日にした右町分立承認の議決を経て、前記附則第二条の規定に基き、同年十一月二日町の設置を「苫田郡加茂町のうち、従前の加茂町の区域(昭和十七年五月二十六日直前の区域)を分けて新加茂町を設置し、昭和二十六年一月一日から施行する。」と決定し、これを昭和二十五年十一月四日岡山県告示第六百八十一号を以て告示し、内閣総理大臣に対しその旨の届出をした。
二、しかして岡山県議会の右分立承認の議決は、出席議員四十九名のうち表決権を有するもの議長を除き四十八名、投票総数四十八票のうち、有効投票四十六票、白票二票、有効投票中分立賛成三十票、同反対十六票をもつて議決せられたが、該議決には次の様な違法がある。
(一) 前記地方自治法附則第二条は、戦時中における市町村の配置分合境界変更の強制又は行過ぎを是正する目的を以て制定されたものであつて、原告町のように、戦時中に合併設置されたとはいえ、かゝる強制または行過ぎはなく、三町村が多年合併を念願し、円満協議の結果対等条件でこれを実現したものについては、その適用が除外さるべきものと解すべきところ、県議会は違法にも前記のように同条による町分立に対し、その承認の議決をしている。
(二) また県議会は右議決に当り、
(1) 旧加茂町地区住民の分町請求が、旧東西加茂村地区内に解放同盟のあることに起因していること。
(2) 旧加茂町が旧東西加茂村の中央部に位し、旧加茂町が分立すれば旧東西加茂村も自然分立を余儀なくされ、これにより三箇の貧弱町村が出来る地理的関係にあること。
(3) 戦後財政が著しく膨脹し、かつ文化教育その他福利施設の拡張充実を要する時に当り、原告町がその全体の地理的考慮から、その目的に副い企画経営して来た諸施設を、前記三町村の分立により、各自独立して設けなければならなくなり、その急速な実現は財政的見地から至難であり、特に教育上においてはこれがため著しい支障を生ずること。
(4) 市町村の合併による地方自治体の強化を図らんとする国の指導方針並にこれに副う岡山県下の合併強化の傾向の存すること。
(5) 岡山県市町村長会連合会、同議長会連合会、苫田郡町村長会並に同議長会等が現時の客観的情勢から、挙つて町分立に反対の意思を表明していたこと。
(6) 県議会の分立承認議決当時、旧加茂町地区の住民の意思が分立に反対に変化していたこと。
等客観的諸情勢に対する判断を誤り若しくはこれを無視して議決した条理違反の違法がある。
(三) さらに県議会が該町分立承認の議決をなすに際し、議決権を行使した県議会議員のうち、原杏平、中田弘堂、絹巻忠、松田荘三郎、難波徹、福岡新一郎、寺岡槌三郎、杉本昌太、友保知、信江長松、守安利夫、萩野正二、菅野幸嘉、秋岡博、小坂道夫、井本稔、高祖忠直、藤井伊三郎、川上光市、小寺義郎、高田利藤治、浜田効三郎の二十二名は、各その職務に関し、旧加茂町地区の分町派幹部より、分立賛成投票を請託されて賄賂(相当価格の物品)を収受しよつて前記町分立賛成の議決権を行使しているのであるから、右分立承認の議決は違法である。
(四) かりに前記議員において贈与を受けた物品が僅少で儀礼的贈答品に過ぎず、収賄罪とならないとしても、兎に角同議員等は分町派幹部から物品の贈与を受け、同派のために分立承認の議決をしたのであるから、右議決権の行使は公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でないとの憲法の規定に違反するものであり、かくしてなされた分立承認の議決もまた違法である。
以上いずれの点よりするも岡山県議会のした本件町分立承認の議決は違法であり、この違法な議決に基いてなされた岡山県知事西岡広吉の本件町分立に関する行政処分もまた違法である。そして、かゝる違法な処分のため旧加茂町地区は原告町より分立することゝなり、原告町の蒙むる損害は極めて甚大である。原告田中岸夫もまた原告町内の住民として間接にその損害を蒙むるので、ともに右違法処分の取消を求むる法律上の利益がある。よつて、前知事西岡広吉の後任として昭和二十六年五月一日就任した被告岡山県知事三木行治に対し本訴請求に及ぶ、と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告等主張の請求原因事実中、県議会の議決の違法に関する主張並に原告等の訴の利益に関する事実はいずれも争うがその余の事実は全部認めると述べ、原告等主張の地方自治法附則第二条は、同条所定の期間内になされた市町村の配置分合については、何等の例外なくすべてに適用せられるものであつて、原告等主張のような例外はない。殊に原告町がその主張の三町村の合併により設置された当時は、戦時中のいわゆる翼賛時代であつたのだから、右合併につき原告等主張のような表面に現れたところだけをもつてその主張のような合併が行はれたものと速断することはできない。また、県議会が原告等主張の町分立を承認するか否かはその自由裁量権の範囲に属するのみならず、県議会は昭和二十五年三月十三日知事より右分立の議案を提出されるや、案件を重要視して議員十九名により特別委員会を設け、これにその審査を附託した。そして右委員会による九回の会議現地その他えの出張調査等十分な調査が行われ、その結果の報告に基き本会議において慎重に討議し、正規の手続を経て分立承認の議決をなしたものであつて、該議決には毫も原告等主張のような違法はないと述べた。(証処省略)
三、理 由
職権をもつて原告田中岸夫が町分立に関する本件行政処分の取消訴訟につき当事者たる適格を有するか否かを調査するに、行政事件訴訟中本訴のようないわゆる抗告訴訟において原告として訴訟追行の権能を有する適格者は、行政庁の違法な処分によつて直接に自己の権利を毀損せられた者と解するのを相当とすべきところ、原告田中岸夫が本訴において主張するところは、被告の本件違法行政処分のため、旧加茂町地区が原告町より分立し、これにより原告町は甚大な損害を蒙つたのであるが、原告田中岸夫はこれにより同町内住民として間接にその損害を蒙つたというのみで、該行政処分により同原告の如何なる権利が毀損せられたかについては何等主張しないところであり、かつ、かゝる単なる利益の傷害に止る者も訴を提起し得ることについて別段の規定のない本件においては、同原告は本件訴訟の当事者たる適格を欠くものというの外はなく、同原告の本訴は当事者の適格を欠く不適法の訴としてこれを却下すべきである。
つぎに原告町と被告との間の訴訟について判断する。
原告町が昭和十七年五月二十六日、旧加茂町、東加茂村、西加茂村三町村の合併により設置されたものであり、右旧加茂町地区の住民が地方自治法(昭和二十三年法律第百七十九号)附則第二条の制定を機会に、同条の定める手続に従い、原告町選挙管理委員会に対し、同地区を原告町から分離し、これに新加茂町を設置すべき旨の町分立の請求をなし、昭和二十四年三月十八日同条によるその賛否投票が施行された結果、右投票において有効投票の過半数の同意があつたので、岡山県知事西岡広吉が右委員会の報告に基き、岡山県議会が昭和二十五年八月三十日にした右町分立承認の議決を経て、前記附則第二条の規定に基き、同年十一月二日町の設置を「苫田郡加茂町のうち、従前の加茂町の区域(昭和十七年五月二十六日直前の区域)を分けて新加茂町を設置し、昭和二十六年一月一日から施行する。」と決定し、これを昭和二十五年十一月四日岡山県告示第六百八十一号で告示し、内閣総理大臣にその旨届出をなした事実。岡山県議会の右分立承認の議決は、出席議員四十九名のうち表決権を有する者議長を除いて四十八名、投票総数四十八票のうち有効投票四十六票、白票二票、有効投票中分立賛成三十票、同反対十六票をもつて議決された事実はいずれも当事者間に争いがない。
しかして、原告町は叙上岡山県議会の町分立承認議決の違法理由として、先づ前記地方自治法附則第二条は戦時中における市町村の配置分合境界変更の強制または行過ぎを是正する目的で制定されたもので、原告町のように戦時中に合併設置されたとはいえ、その合併につきかゝる強制または行過ぎはなく、三町村が多年合併を念願し、円満協議の結果対等条件でこれを実現したものについてはその適用が除外さるべきであるのに、同条による町分立に対し、その承認をあたえた右岡山県議会の議決はこの点において違法であると主張し、被告はこれに対し、原告町主張の地方自治法附則第二条は同条所定の期間内になされた市町村の配置分合については何等の例外なくすべて適用せれらるものであつて、原告町主張のような例外はない。殊に原告町がその主張の三町村の合併により設置された当時は、戦時中のいわゆる翼賛時代であつたのだから、右合併につき原告町主張のような表面に現れたところだけをもつてその主張のような合併が行はれたものと速断することはできないと抗争するので、この点を審究するに、右原告町の合併事情に関する右主張事実に副う趣旨の甲第十六号証の五の記載、証人木本利道の証言並に乙第二、三号証中の分離反対派の意見記載部分は同第二、三号証中の分離派の意見記載部分との対照上措信し難く、その他右合併事情に関する原告町の主張事実を肯定するに足る証拠はない。従つてかりに前記地方自治法附則第二条の解釈に関する原告町の見解に立つとしても、叙上原告町の主張は採用の限りではない。
つぎに原告町は岡山県議会が本件町分立承認の議決をなすに際し、叙上請求原因二、の(二)(1)乃至(6)記載の客観的諸情勢に対する判断を誤り、若しくはこれを無視して議決した条理違反の違法があると主張し、これに対し、被告は県議会が原告町主張の町分立を承認するか否かはその自由裁量権の範囲に属するのみならず、県議会は昭和二十五年三月十三日、知事より右分立の議案を提出されるや、案件を重要視して議員による特別委員会を設けて審査を付託し、同委員会による十分な調査が行はれ、その結果の報告に基き、本会議において慎重に討議した上、議決したものであつて、該決議に原告町主張のような違法はないと抗争するので、この点を考察すると、かりに、原告町が主張する右(1)乃至(6)の客観的諸情勢なる事実が存在していたとしても、県議会が本件分町承認の議決をなすにあたり、これに対する判断を誤り、若くは無視して右承認の議決をしたとの事実についてはこれを認めるに足る証拠はなく、却つて、証人長尾啓一の証言により成立を認める乙第二、三号証に証人岸本昌、春名武雄の各証言を綜合すると、県議会は昭和二十五年三月十八日知事より本件町分立の議案を提出されるや、案件を重要視して議員十九名による特別委員会を設けてこれに審査を付託したのであるが、右委員会は十回余の会議現地その他への出張調査等十分な調査を行い、本会議においては、その結果の報告に基き、原告町主張の叙上客観的諸情勢等考慮の上、慎重に討議しその裁量権に基き分立承認を議決した事実を認めるに十分であつて、該議決に原告町主張のような違法はない。従つて、この点に関する原告町の主張もまた認容するを得ない。
さらに原告町は県議会が該町分立承認の議決をなすに際し、該議決権を行使した議員のうち原告町主張の原杏平等二十二名は、各その職務に関し、旧加茂町地区の分町派幹部より分立賛成投票を請託されて賄賂(相当価格の物品)を収受し、よつて前記分立賛成の議決権を行使しているから右分立承認の議決は違法である。と主張するけれども、右贈収賄の事実乃至これによる違法議決の事実についてはこれを認めるに足る何等の証拠もない。尤も証人近藤新一郎、萩野正二、絹巻忠、中田弘堂、井本稔、高祖忠直、菅野幸嘉、川上光市、藤井伊三郎、浜田効三郎、三宅美男、高田利藤治、寺岡槌三郎、秋岡博、杉山隆、前田茂、水島寂、中西正義、藤田朝吉、山本正一、木本衛、河田輝道の各証言及び山本正一証人の証言により成立の認められる甲第二号証の二、同第三号証並びに成立に争いない甲第八乃至第十三号証を綜合すると、本件町分立問題を岡山県議会において審議した当時山本正一等いわゆる分町派幹部の者が当時の県議会議員であつた近藤新一郎、萩野正二、絹巻忠、中田弘堂、井本稔、高祖忠直、菅野幸嘉、川上光市、藤井伊三郎、浜田効三郎、三宅美男、高田利藤治寺岡槌三郎、秋岡博等を分町賛成依頼のため訪問した際、同人等に対し、煙草、菓子、果物籠等一名当り金額にして三百円乃至四百円程度の物品を贈与したこと並に該贈与はいずれも右当事者の社会的経済的地位、贈与物品の種類価格、授受の態様等より見て、通常訪問者のする儀礼的贈答品の授受で、いわゆる名刺代りと称されるものであることを認むるに足り、右認定を覆すに足る証拠はなく、これをもつて刑法にいわゆる賄賂の授受があつたとはいゝ難い。従つて右賄賂の収受により違法に議決せられたとの原告の主張もまた採用するを得ない。
なお、原告町はかりに右県議会議員に対する贈与物品の価格が僅少で儀礼的贈答品に過ぎず収賄罪とはならない、としても、兎に角同議員等は分町派幹部から物品の贈与を受け、同派のために分立承認の議決をしたのであるから、右議決権は行使は公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でないとの憲法の規定に違反するもので違法であり、かくしてなされた町分立承認の議決もまた違法である。と主張するけれども、憲法第十五条第二項にいわゆるすべて公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではない、との規定の趣旨は、公務員の正しい心構としての根本理念を示したに止り、これによつて公務員の公務における義務の具体的内容を規定したものとは解し難い。しかして、原告町主張の各県会議員等がその主張のごとく分町派一部の者の意向を考え、同派の利益のためにのみ右議決権を行使したとの事実はこれを認め得べき証拠がないばかりでなく、かりに同議員等がそのような一部の者の奉仕者としての議決をなし、よつて憲法第十五条第二項の規定に違反したとしても、それは単に同項の定める根本理念に反したというに止り、これをもつて該議決における違法問題の対象とはなし難い。従つて、この点に関する原告町の主張は採用しない。
以上いずれの点よりするも岡山県議会のした本件町分立承認議決が違法であるとの原告町の主張は理由がない。従つて、右議決の違法を前提としこれに基く岡山県知事西岡広吉の本件町分立に関する行政処分も違法であるとして、その取消を求める原告町の本訴請求は失当であつてこれを棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井上開了 三関幸太郎 富田善哉)